こんにちは。ゆっきぃです🙂
ピースボート航海日誌では、
地球一周106日間の船内生活や寄港地の観光についてご紹介していきます。
今回、71日目(7月17日)は、いよいよキューバの首都ハバナに上陸します。
(※70日目より記事を食事と観光の2つに分けています。)
70日目(7月16日)は、一日船上生活でした。
魔の海域「バミューダトライアングル」を無事に抜け、
ピースボート一行は、革命とラム酒と葉巻とクラシックカーとラテンのリズムに彩られた国(・・・いっぱいだな😓)、キューバへと向かうのでした。

これまで述べ7万人が参加!
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では、早速いってみましょう。
目次
本日の航路
本日は、寄港地観光の日。
キューバの首都ハバナに上陸します。
入港6:00頃、上陸可能7:00頃
帰船リミット ターミナル21:00、船21:30
天気:晴れ時々曇り
気温:最高31度、最低26度
本日の船内企画
洋上シネマ:オートマタ
21時15分~SFサスペンス映画。
人間に変わる労働力として人工知能搭載ロボットが使われている近未来の世界を舞台に、ロボットたちの異変を描く。
(別の日に見た時の感想)アクションシーンもありますが、人とロボットの共存について考えさせられる重めな内容の作品でした。
時差企画:クイズ選手権
23:45~0:10
時差のある日に増えた時間を有効利用するための企画。
キューバについて
国名:キューバ共和国(Republic of Cuba)
首都:ハバナ
位置:中央アメリカ、カリブ海の西インド諸島に浮かぶ島国
政治:社会主義共和制
人口:11,333,483人(2019年)
産業:葉巻、観光業、砂糖、ニッケル、医薬品
公用語:スペイン語
宗教:無宗教55%、カトリック40%
通貨:キューバ・ペソ(国民用)、兌換ペソ(外国人用)
キューバの歴史
コロンブスの新大陸発見以降、19世紀まで、スペインの植民地時代が続く。
1868~1902年のスペインとの独立戦争に勝利し、アメリカの介入で勝利。
1902~1959年までは、共和制をとり、アメリカとの関係を深めますが、それは有効的なものでなく支配的なものであった。
1944年に大統領選で敗北したバティスタは、1952年にクーデターで政権を奪取すると大統領に返り咲き独裁化を始める。
バティスタ政権とアメリカの癒着により、アメリカの傀儡国家(操り人形)となったキューバの現状を嘆き、1953年に弁護士のフィデル・カストロ率いる青年たちが蜂起するが失敗に終わる。
メキシコへ亡命中のカストロは、エルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)と出会い、1956年から政府軍に対しゲリラ活動を開始。
1959年にカストロ率いる革命軍はバティスタを国外に追放し、革命政権を樹立する。
傀儡を失ったアメリカはキューバを敵視したため、革命政府は当時冷戦でアメリカと対立していたソビエト連邦に接近することとなる。
1961年にアメリカはキューバに対して国交を断絶、1962年には経済封鎖を行った。
同年、キューバにソ連の核ミサイル基地を建設中であることが明らかになると、核戦争一歩手前まで達したキューバ危機が勃発した。
キューバ危機はアメリカとソ連間の妥協により大事には至らなかったものの、冷戦の1つのピークとなった。
その後、南米やアフリカ、ベトナムなど各地での社会主義運動を行うゲリラ組織の援助を行ったが、1967年にゲバラがボリビアで戦死すると、キューバも徐々に強硬路線を緩め、平和的解決に移行した。
1991年にソ連が崩壊すると、それまでソ連に頼っていたキューバ経済は壊滅的な危機に瀕した。
経済の大打撃を受けた政権は国営企業の民営化や私的所有を認めるなどの政策を打ち出し、なんとか乗り切ったが急速に自由化が進んだ。
2000年代に入ると、同じ共産圏である中国との関係も深めた。
2008年に健康上の理由から、フィデル・カストロ議長が第一線を退くと、弟のラウルが首相に選出され、携帯電話の所持や家電購入、ホテル宿泊など自由化が推し進められた。
2015年に、米オバマ政権のもとで54年ぶりに国交が回復され、翌年にはオバマ大統領もハバナを訪問した。
2017年に米大統領にドナルド・トランプが就任すると、キューバに対して再び厳しい姿勢を見せる。
これは、投資家に支えられているトランプにとって、閉ざされているキューバ経済を開放させ、自由貿易による利益を得る事が目的のため。
キューバ観光
首都ハバナに上陸
朝6時頃に入港。
対面審査を済ませて7時頃に入国です。
ハバナの旧市街は、1982年に「ハバナ旧市街とその要塞群」として世界遺産に登録されています。
街の観光がとても楽しみなのですが・・・
カナダからNYでのハードスケジュールと、北極圏から熱帯まで10日間で南下した際の急激な温度変化で体調が悪化。
発熱と咳が止まりません😨
乗船者全員ツアー申し込みが義務化
アメリカを出国すると次はキューバに立ち寄るのですが、国交が回復したとはいえ、長年犬猿の仲であった両国。
渡航は観光目的のみ認められているため、アメリカの出国手続きで船の乗客全員が「キューバへ行くのは観光が目的であること」を証明する必要があります。
そのため、乗客全員にキューバでの観光ツアーへの申込みが義務付けられました。
アメリカ出国の条件なので、いったん申し込んでおいて、キューバでツアーをキャンセルしても問題ないです😓
革命広場見学ツアーに参加
全員がツアー強制参加のため、新しく企画された、革命広場と港の間の送迎だけのバスツアーに参加しました。
通常の半日~終日のツアーが、1.5~2万円するので3,000円くらいの送迎のみはお得です。
サービス的には割高かもしれませんが、出費の総額を控えたい無職には最適(笑)
陽気なラテンのリズムに乗って

港から観光バスに乗り込み、さぁ出発!!
外国語の講師たちと同じバスになりました。
スペイン語講師のロレーナは超ノリノリ♪
大ヒットしたカミラ・カベロ(Camila Cabello)のハバナ(Havana)を熱唱しています。
クラシックカーとココナッツカー

車窓から外を眺めると、色とりどりのクラシックカーが走っています。
まるで古いアメリカ映画のよう(あんまり見たこと無いけど!)
と、あれはなんだっ!?

最近流行りのココナッツ・タクシーだそうです(笑)
アジア圏で見かける3輪オートバイ、トゥクトゥクの亜種でしょうか。
見た目が可愛いですね。
コロン墓地

コロン墓地の門(Portón Cementerio Colón)で記念撮影。
コロン墓地は、キューバの政治家や作家、スポーツ選手などの著名人が数多く眠る墓地で、日系移民の慰霊堂もあります。
コロンという名はコロンブスから来ているそう。
広大な敷地は見学者も多く、なんと地図が販売されています。
そして、中に入るには何故か入場料も取られるらしいです。

外には、映画で出てきそうな車が停まっていました。
革命広場に到着
革命広場は、キューバを代表するハバナの人気観光スポット。
共産党国家って中国の天安門広場といい、演説する広場が何故か注目されますね。
内務省の壁にはチェ・ゲバラ、郵政省の壁にはカミーロ・シエンフエゴスという、キューバ革命における二人の英雄の肖像が飾られています。
バスを降りると時間まで自由行動になりました。
ホセ・マルティ メモリアル

キューバのスペインからの独立戦争で活躍した英雄、ホセ・マルティを称える記念碑。
バティスタ独裁政権下で建設されました。
高さ109mの5角形の星型の塔で、最上階には展望台があります。
カミーロ・シエンフエゴス
カミーロは、キューバ革命を主導した人物の一人で、後に軍の最高司令官となった人物。
カストロからの信頼も厚かったが、革命後すぐにセスナ機事故で死亡。
彼の思想は共産主義でなく無政府主義者だったことから暗殺されたとの噂もあります。
チェ・ゲバラに比べて日本での知名度は低めです。
チェ・ゲバラ

ご存知、革命の英雄チェ・ゲバラ。
彼は医師でしたが、メキシコで亡命中のカストロと出会い、ゲリラ活動を行い革命を勝利へと導きます。
本名は、エルネスト・ゲバラ。
チェ・ゲバラは愛称で、チェは「やぁ」という語りかけの意味。
彼が、「チェ、エルネスト・ゲバラだ、よろしく。」といつも挨拶していたことからつけられました。
クラシックカー

革命広場には、たくさんのクラシックカーが停まっており、試乗できます(チップがいります)
ファンキーな、どピンクが多かったです(笑)
パスポートが行方不明に・・・Σ(゚Д゚)

さて、時間になって戻ってみると・・・
乗っていたバスが見当たりません。
このツアーは送迎だけなので、戻ってきた人でバスがいっぱいになり次第、順次港に向かうそうです。
あ、ならどのバスでもいいのね~。
って、荷物一式バスの座席に置いたままじゃん😨
海外旅行では命の次くらいに大事なもの、そうパスポート。
カバンごとどこかへ行ってしまったのでした・・・
とりあえず港へ戻るも・・・
とりあえず、適当なバスに乗って港に戻ります。
港では、ピースボートスタッフを見つけ事情を説明。
バスの忘れ物があれば、船のレセプションに届いているはずとのこと。
そこで船へ確認へ向かいます。
と、またしてもアクシデント。
パスポートがないので港から船に戻れません!!
空港と同じように、ゲートの向こうへ行くのは出国、ゲートの内側は入国扱い。
簡単には通り抜けできません。
幸い知り合いと一緒に行動して得いたので、一縷の望みをかけて見に行ってもらうことに。
待つこと数分。
無事パスポートが手元に戻ってきました😄
実際に数名、各国でパスポートを紛失してしまった方がいました。
船に戻れず、現地の大使館で再発行を待つことになります。
数日後に、飛行機で次の寄港地まで行き合流されていました。
街の散策 ~再出発~
パスポートも無事に見つかり事なきを得ました。
気持ちを切り替えて街の散策にでかけます!
サンフランシスコ デ アシス教会

港の目の前にはサンフランシスコ デ アシス教会が建っています。
教会の名はキリスト教カトリックの聖フランシスコ会に由来します。
とても趣のある立派な建物で、写真を撮っている方が多くいました。
オフィシオス通り~オビスポ通り

ハバナの街のいたるところに銅像があり、街の風景に溶け込んでいます。
こちらはショパンの生誕200周年を記念して、2010年にポーランドの団体から寄贈されたもの。
この地とショパンに何の関係があるのかは謎です。
教会からまっすぐ街の中心方向に向かって歩いていきます。
道の両側は石造りの立派な建物。
南国っぽくないこの街並みからは、かつてスペインの統治下だったことが伺えます。
道では小規模なパレードが行われており、屋台が出ていたのでチュロスを購入。
うまうま。
お昼ごはん(La Mina)

お昼は食レポに詳しく載せてありますので、そちらをご覧ください。



街を散策 ~午後~

とても目を引くカラフルな建物が通りに並びます。
リブレリアとあるので本屋さんでしょうか。
博物館
街のいたる所に小さい博物館が点在しています。
こちらは蒸気機関車の模型でしょうか。
街の歴史を紹介していました。
グアヤサミン公園

石造りのまちなかにある緑に彩られた公園。
中世の修道院の中庭みたいなイメージですね。
公園の名前は、南米エクアドルの有名な芸術家グアヤサミン(1919~1999年)から来ているそうです。
ビエハ広場

ビエハ広場も人気の観光スポット。
キレイに整備された美しい建物が周りを囲む広場です。
レストランやカフェ、ホテル、美術館、プラネタリウムなどがあります。

ニワトリにまたがった女性の像。
何故かでっかいフォークを持っています。
最初、養鶏でワラを集めるクワかと思ったけど、完全にフォークですね。
チョコボにまたがった戦士にも見えます(笑)


ココナッツジュースで大事な水分補給。
炎天下でどんどん水分が奪われていきます・・・
謎の展示 ~偽ガンダム~

街中を散策しているとまたしても謎のオブジェ。
ダンボールで作ったガンダムでしょうか(笑)
クォリティが中◯製です・・・
てか、切腹してるやん!!
こちらは何でしょうか。
ロボットなのに無邪気な顔をしています。
なんかスパロボで見たような気がしないでもありません。
ライディーン?なんか違う。
ザンボット?ダイターン?
わかりません。詳しい人いたら教えてください😓
通りの風景



趣のある街並みですね。
イカした銅像

柱の陰からイケメンの像が何かを見ています。
思わず真似しちゃいました。
サン・クリストバル大聖堂

世界遺産の旧市街(オールド・ハバナ)の中心部には、カテドラル広場があり、そこにサン・クリストバル大聖堂(ハバナ大聖堂)がどっしりと構えていました。
この大聖堂は、1776年に完成したバロック調のカテドラルです。

ミサの行われている時間以外は内部を自由に見学することができます。
大理石の柱と壁、高い天井の内部はとても美しいです。
南米のように、キューバでもキリスト教徒が多いのかと思いましたが、意外なことに国民の55%は無宗教で、カトリックは4割ほどだそうです。
以前のスペイン統治時代はほとんどが熱心なカトリック信者でしたが、社会主義政権になって、弾圧とまでは行かないまでも、宗教は様々な厳しい管理体制に置かれたため、大幅に信者数は減少したようです。
ラ ボデグイータ デル メディオ

ボデギータは、モヒートが有名なお店。
多くの芸術家に親しまれています。
El Rum Rum de la Habana

ハッピーアワーでとりあえず入ったお店。
フローズンダイキリとピニャコラーダを飲みました。
カクテル天国!
熱中症で船に戻る
猛暑の中、水分補給(お酒ですw)をこまめにしていましたが、さすがに辛くなってきたので一度船に戻って涼しくなってからまた出直すことに。
今が16時過ぎなので、夕飯の時間にまた外にディナーに出かける予定です。
マレコン通り

カテドラルから海沿いのマレコン通りに沿って歩きます。
色とりどりのクラシックカーのタクシーがたくさん並んでいました。
バラデロビーチに行った友人は海がとても綺麗で素晴らしかったと言っていましたが、このあたり、港周辺の海はかなり汚れていました😓
街の散策 ~第3ラウンド~
一度船に戻ってゆっくりしていたら19時近くなったため、三度目の街の散策にでかけます。
港からサンフランシスコ教会の脇を抜けて、ニワトリ像のあったビエハ広場に向かいます。
パリの貴公子

サンフランシスコ教会の脇にある等身大の銅像。
彼の正体は実は、19世紀末にこの辺りに出没していた乞食です。
自分のことをパリの貴公子と呼んで物乞いをしていました。
温厚で楽しげなその人柄から、ハバナ市民の人気者となり銅像が作られました。
あご髭に触ると幸運が訪れるらしく、みんなが触るので白く変色しています(笑)

道端に車両が展示されていました。
実際にキューバで使われている鉄道でしょうか。
夜ご飯(Don Eduardo Alegre)

夜ご飯は食レポに詳しく載せてありますので、そちらをご覧ください。



帰船リミット5分前

気づくと外は真っ暗でした・・・なんと帰船リミット21時まであと5分。
というのも、レストランで最後のデザート、トストーネを待つ際に、もう出るからちょっと待て、と言われ続けて30分以上経ったから。
この後、港まで猛ダッシュで戻りました。
港に着いたのが21時5分。
5分の遅刻です。(ノ∀`)アチャー
しかし幸いなことに、港に戻るリミット21時、船に戻るリミット21時30分(出航の際も入国時同様、対面審査ゲートを通るため)でした。
船に戻る時間はまだ余裕そうです。
ということでお土産を眺めていると・・・
ピースボートのスタッフさんに怒られました。
すみません😔
まとめと予告
- 革命広場のチェ・ゲバラの肖像が印象的
- パスポートが無くなって慌てた
- キューバは昼間からカクテル天国
- 街中の銅像探しも楽しい
- 熱中症に気をつけよう
- 時間に余裕を持って行動しよう
本日のお食事紹介はこちら

次回予告
明日は一日船内生活の日。
船での楽しいイベントが盛りだくさん。
お楽しみに!
それではまた、次回Day72の航海日誌でお会いしましょう👋
