こんにちは。ゆっきぃです🙂
今回は、イラン観光レポートの4回目。
砂漠の町カシャーンでは商人の家とフィンガーデンを見学。
その後、極秘の核実験施設を通り抜けて、アブヤーネ村では古くから残る赤土の街並みを見学します。
夜は古都イスファハンでハージュー橋とスィーオセ橋を観光し、羊の頭に驚愕する盛りだくさんの内容です。
イラン観光レポ2日目は、カシャーンをご紹介しました。
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran-kashan/
それでは、どうぞ。
カシャーン観光レポート②
午前中はカシャーン市内を観光します。
昨日は、カビール砂漠、ナマック塩湖、キャラバンサライを訪れました。
本日は、世界遺産のフィンガーデンと、商人の邸宅タバタバイ ハウスを観光します。
ホテルの朝食(カシャーン)
美味しそうな洋風のビュッフェです。
人参スムージーも飲みました。
レストランになっている建物はモスクのようなドーム型をしており、豪華な内装です。
朝の光がステンドグラスから差し込んでとても綺麗です。
昔の商人の邸宅を利用したホテルで、都会にはない洗練された雰囲気のある、とってもおしゃれな空間でした。
タバタバイ ハウス
こちらは、ホテルの近くにあるタバタバイ ヒストリカル ハウス。
1880年代に、この地で裕福な商人をしていたタバタバイ家が建てました。
カシャーンは、テヘランとイスファハンという2つの大都市のちょうど中間地点にあり、儲かったようです。
邸宅は保存状態がよく、博物館として残されています。
5000平方メートルの敷地には、40の部屋を持つ邸宅と立派な庭園があり、大家族(一族)が集まって暮らしていました。
入り口の扉です。
金具(ドアノッカー)が取り付けられており、叩き方で誰が帰ってきたかわかるそう。
砂漠の裕福な商人の邸宅なので、盗賊に狙われることも多かったのでしょうか。
中に入ると開放的な空間が広がっています。
ステンドグラスから差し込む陽光が綺麗です。
部屋は直線的につながっており、外から取り入れた外気を循環させて建物内部を冷やすバードギールという仕組みが取り入れられています。
カシャーンは周りを砂漠に囲まれた暑い地域なので、天然のエアコンシステムが発達しました。
中庭では、ちょうど婦人会のイベントを開催中。
家庭料理や手工芸品が展示されていました。
タバタバイハウスで観光中に、撮影旅行をしているという日本人のプロのカメラマンの方にお会いしました。
イラン周遊中の2週間で出会った日本人は、なんと彼一人でした!!
昨今の情勢のこともあり、日本人観光客は珍しいようです。
名称:タバタバイ ハウス(Tabatabai House)
時間:8:30~20:00
住所:Isfahan Province, Kashan, خیابان علوی، Iran
世界遺産 フィン庭園
カシャーンには世界遺産に登録されているペルシャ式庭園の1つであるフィンガーデンがあります。
ペルシャ式庭園は、シンメトリー(左右対称)な幾何学模様が特徴で、イラン国内で9つの庭園が世界遺産に登録されています。
庭園の起源は、紀元前4000年代にまで遡ります。
古代ペルシアの国教であったゾロアスター教の影響から、水が神聖視され、噴水や池が重要な役割を持ちました。
周辺の山や川から水を引き、灌漑のために水路を十字にひいて、園内は田の字に区切られています。
また、楽園(paradise)という考え方にも影響を受け、エデンの園を模倣し、壁で囲まれた空間は、4つの川が流れ、4つに分割された世界を意味しているそうです。
イスラム教では宗教上、偶像崇拝が厳しく禁じられているので、庭園内に彫刻などは無く、アラベスクの幾何学模様が随所に見られます。
庭園は砂漠や高山という、過酷な自然環境から身を守るため、周りは壁と塔で囲まれ、木陰や水を中心とした憩いの場になっています。
このようなペルシャ式庭園の様式は、スペインのアルハンブラ宮殿や、インドのタージマハルにも影響を与えています。
噴水は庭園内の高低差を利用して自然に水が流れるよう、精密な計算のもとに設計されています。
フィンガーデン側の丘にある泉から水を引いていますが、ポンプなど機械的な技術は使っていないそうです。
当時の技術水準は高く、後に修復工事を行ったところ、うまく水が流れなくなったとか😓
庭の中央にある建物です。
開口部が広く取られ、風通しの良い作りになっています。
噴水とイト杉の木立が整然と並んでいる姿が見て取れます。
昔の王侯貴族はここから庭園を眺め、くつろいだのでしょうか。
庭園内にはハマム(サウナ)があり、現在は博物館として使われています。
1852年にこの浴場で、ガージャール朝の宰相を勤めたアミール・キャビールが暗殺されるという悲しい事件が起きました。
キャビールは、オスマン帝国に派遣され諸外国の実情を目にしたことから、イラン国内でも改革の必要性を訴えます。
宰相となった彼は、ヨーロッパ風の教育制度を取り入れたり、強い官僚制国家を目指すなど、イランの近代化に貢献しました。
優れた改革を行った彼ですが、既得権益を持つ王や貴族の反感を買い、職を解任されてカシャーンに流された後、王の命令により殺されました。
暗殺というと寝込みを襲われるイメージですが、その場面を再現した展示を見ると、どうやら本人も知った上で側近に手首を切らせたようです。
宰相の静かな眼差しをみると、日本の切腹に近い印象を受けました😥
[blogcard url=”https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g680023-d3345770-Reviews-Bagh_e_Fin_Garden-Kashan_Isfahan_Province.html?m=19905″]
名称:フィン庭園(باغ فین)
時間:9:00~16:30
イラン核実験施設
フィン庭園を後にし、次の目的地アブヤーネ村に向かって高速道路を進みます。
遠くに山脈があり、荒れ地が広がっている何もない風景。
と、この辺りではあまり外を覗かないように言われます。
道路の脇に駐車していたりするとすぐに警備隊が駆けつけてくるとのこと。
世界中で話題になっているイランの核開発は、どうやらこの辺りで行われているようです。
100m位おきに、監視塔が建っていて兵士が見張っています。
厳重な警備から施設の重要性が伺えます。
広大な敷地の全域は高い壁で覆われていました。
特に中心の施設は、人工的に土を盛って作った山で囲まれています。
敷地の外は広大な砂地で、大きな岩が転がっています。
昔は平坦な原っぱでしたが、敵国の航空機が着陸できないよう、わざと地面を凸凹にして大きな岩を転がしているようです。
手前には白い建物が並んでおり、研究施設だと思われます。
ここナタンツ原子力発電所には、ウラン濃縮施設もあります。
奥の方の煙突は、原子炉の熱を放出する排気塔でしょうか。
少し離れたところには大きな平屋の建物が見えます。
情報統制のため、警備隊の駐屯所や、勤務している職員の住居などの全てがこの壁の内側に作られているようです。
イランの核開発については、平和利用かどうかの問題もさることながら、核兵器を既に所有している国と、持たざる国の格差の問題もはらんでおり、簡単に解決できるものではありません。
どちらが良いか悪いかではなく、今後も慎重に対話を続けていくことが求められています。
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran/#i-16
名称:ナタンツ原子力発電所
アブヤーネ村
アブヤーネ(アビヤネ)村は、山の上にある300人ほどが暮らす小さな集落。
イランで最も古い村の1つで、ササン朝ペルシア時代からの伝統が息づいているそうです。
この村の建物は独特の赤みがかった色合いが特徴で、街全体が赤土の色をした不思議な雰囲気。
この村の女性は、みなさんカラフルな伝統衣装をまとい、白地に赤やピンクのバラの柄のスカーフをしています。
男性は裾の広がっただぶだぶのズボンを履いており、ゾロアスター教徒の衣装の名残だそうです。
先程の原子力発電所の脇から高速を降りて、山道を進みます。
こんな山の中にある村です。
ポツンと一軒家に取材されそうです。
160軒ありますが。。。
周辺は草木のあまりない岩山が続きますが、たまに放牧されている羊の群れに出会います。
途中には空軍基地も有りました。
イラン国内ではあちこちで、道端の看板に若者の顔写真が掲げられているのを目にします。
これは1980年~1988年まで続いたイラン・イラク戦争で殉職された兵士の写真だそうです。
アブヤーネ村を観光
山の上まで登ってくると、赤い土壁の家が見えてきました。
住んでるのはわりと裕福な人が多いそうですが、みんな高齢者だとか。
家は土を塗り固めて作る昔ながらの技法が使われています。
独特のピンク色をした赤土が使用されています。
屋根からは水が流れるよう、雨ドイが長く伸びています。
土の家だとやはり水に弱いのでしょうか。
管理するのが大変らしく、人が住んでいないとすぐに元の土に戻ってしまいます。
高齢者が多く、街に出た若者は戻ってこないため、継ぐ人のいなくなった家は朽ちていきます。
街に若者が来るのは、年一回のお祭りの日のみで、日本のお盆の里帰りのような感じです。
この村も高齢化で人口が減り、観光客で賑わう一方で、存亡が危ぶまれているそうです。
村は山上にあるので、周りを見渡すと雄大な景色が広がっています。
水漏れを防ぐためか、ほとんどの家の屋根にはアルミやビニール製のシートが被せてありました。
電線が伸び、各家にちゃんと電気も通っています。
電柱は丸太です!
家の骨組みにも丸太が使われています。
このベランダ床が抜けそうで怖い・・・
ゾロアスター教の神殿として使われていた建物もあります。
かつてこの村は、ゾロアスター教徒の村でした。
山の上で長い間外界と隔絶されていたため、古代から風習が多く残されています。
斜面に階段状に作られた街は起伏が激しく、道はクネクネと曲がって入り組んでいます。
道幅は狭く中央には水の流れる溝が掘ってありました。
道に沿うように両側に家が並んでいます。
道の脇の水路には水が流れていません。
今は2月末ですが、山に薄っすらと雪が積もっているものの街は乾燥しています。
雨の多く降る時期があるのでしょうか。
窓はガラスではなく、木の枠が格子状にはめられていて風通しが良さそうです。
通常、平地の街では暑さや砂を遮るために周りの壁を厚くし、広い中庭を作って日光を取り入れます。
一方で山間のアブヤーネ村では貴重な日差しを取り入れるために、外側に向かって窓が大きく取られているようです。
外から見ると大きな2階建ての家が多い印象。
下の家の屋根が上の家の庭になっていたり、屋根の上に道があったりと、村全体が段差を利用した複雑な作りになっているようです。
木の装飾がきれいな立派な玄関扉。
この家は道の上をまたいで建っており、裕福な家だそう。
2階の窓には窓ガラスとカーテンも見えます。
街にはメインストリートがあり、そこから左右に路地が伸びています。
起伏の激しい山肌を縫うようにレンガと石畳の階段が続いています。
高齢者にとっては行き来が大変そうです。
お昼の時間に村を訪れたのですが、ほとんど人通りが有りませんでした。
30分くらい歩いて見かけた住民は、70、80代のご高齢の方が3人くらいです。
自動車は村の中には入れないので、交通手段としてロバが使われています。
カラフルな花柄のスカーフを売っている露店を発見。
この店もかなりご高齢のおばあさんが切り盛りしていました。
今の時期は観光客が貴重なのか、めっちゃ怒鳴りかけて売り込んできます。
ちょっと怖い😨
そして、この村で売っているスカーフは・・・
Made in Japan(日本製)です(笑)
奥にトンガリ屋根の綺麗なタイルの建物が見えてきました。
ここはイスラム教のモスクで、8代目イマームであるレザーさんの孫に当たる方の聖廟だそうです。
かつてはゾロアスター教徒の村でしたが、今では村全体がイスラム教に改宗しています。
バルコニーからは周辺の山々が見渡せます。
いい天気。大自然の写真が映えます。
モスクの下にも谷に沿うように家が建っており、その向こうには果樹園が広がっています。
連なる山と荒涼とした大地が大自然を感じさせてくれます。
[blogcard url=”https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g672705-d6412741-Reviews-Abyaneh_Village-Natanz_Isfahan_Province.html?m=19905″]
名称:アビヤーネ村(ابيانه)
Domiloonレストランでランチ
村外れのこちらの綺麗な建物の脇にレストランが有りました。
入り口もおしゃれな屋外型のレストラン。
冬でちょっと肌寒いのでビニールハウスのような、透明のテントに入って食事します。
本日はアーブ・グーシュトというイランで人気の料理を食べました。
右上の緑の壺の中には、肉と野菜を煮込んだスープが入っています。
ナンを細かくちぎってボウルに入れ、具を混ぜ合わせながらつぶして食べます。
恐るべき等価交換
左下のカップはヨーグルトです。
食後のデザートでいただきました。
プレーンと、ハーブ入りが有り、せっかくなのでハーブ入りを食べてみることに。
うん。薬っぽい味・・・
プレーンにしておけば良かった🤮
このハーブは食べると身体に良く、心臓を強くしてくれるそうです。
滋養強壮効果があるんでしょうか。
そしてガイドさんがサラッと恐ろしい事を口にします・・・
でも食べ過ぎると目が見えなくなるヨ~。
えっ!!
目を取るか心臓を取るか・・・
なにその等価交換😱
まさかヨーグルトで究極の選択を迫られるとは!!
名称:Domiloon traditional restaurant and watermill
時間:9:00~00:00
古都イスファハン
アブヤーネ村を後にし、車でさらに南下しイスファハンを目指します。
今日の朝出発した砂漠の町カシャーンは、ちょうどテヘランとイスファハンの中間くらい。
イスファハンはテヘランに次ぐ大きな街で、サファヴィー朝の首都として栄えました。
日本で言うところの京都のような感じで、歴史的建造物がたくさんあります。
夕方頃にホテルに着いたので軽くチェクインを済ませて、2時間ほど街の探索に出掛けます。
その後にガイドさんと晩御飯の予定です。
スィーオセ橋と街の散策
こちらは有名な観光名所にもなっているスィー・オ・セ橋。
1602年に完成した石造りの橋で長さ300mあります。
スィーオセとは33を意味し、橋の上のアーチが33あることから名付けられました。
昔のザーヤンデ川は常に水が流れていましたが、近年の流域での開発により、慢性的な水不足が発生しており、春の降水量の多い時期以外は水が枯れていることが多いそう。
訪れた2月末も川の水が枯れており、川の上を歩いて下から眺める事ができました。
夜はライトアップされて幻想的な雰囲気です。
歩行者専用の橋で、いつも人通りが多く、とても賑わっています。
名称:スィーオセ橋(بازار بزرگ تهران)
街の散策と不思議な店
スィーオセ橋の先は大通りになっており、真っ直ぐ進むと繁華街です。
ショッピングモールや映画館、宝石店や雑貨店、アパレル店など様々なお店が軒を連ねます。
通り沿いには美味しそうな食べ物のお店もたくさん並んでいます。
もっとゆっくりと見物したかったのですが、もうすぐ約束した時間が迫ってきたので待ち合わせ場所のホテルへと来た道を戻ります。
すると見慣れたフライドチキンのチェーン店が・・・
イランなのにアメリカの店舗?
と思いきや、よく見るとなんだかおかしい。
ケンタッキーハウスと書いてあります。
むむむ・・・🤔
ケンタッキーフライドチキンの偽物でしょうか!?
味見してみようかとも思ったのですが、もうすぐ夜ご飯なので見送ることにしました。
見た感じは美味しそうだったので、イスファハンに寄った際は是非チャレンジしてみてくださいね!
ご報告お待ちしています(笑)
名称:ケンタッキーハウス
時間:9:30~00:00
衝撃!!羊の頭スープ🐏
時刻は20時。
ホテルに戻ると夜ご飯を食べにガイドさんと出発します。
今日のディナーはイラン料理でもメジャーな一品。
羊の骨でダシをとったパーチェというスープをご馳走してくれるそう。
トンコツスープが好きなので、その羊版って感じでしょうか!
楽しみです。
車でレストランに向かいますが、道が混んでいてなかなか駐車できません。
結局何件かまわり、ようやく街の小さな食堂に入れました。
そこで、お目当てのパーチェを早速注文。
大きな鍋から黄色い脂の浮いたスープが出て来ました。
具は少なめで羊の脂身のようなものが浮いています。
クセのある独特な香りがしますが、汁自体のとろみは少なくアッサリしてそう。
そしてやっぱりナンが出て来ました。
スープに浸して食べるそうです。
スープカレーやシチューのようなものでしょうか。
では、実際にいただいてみましょう。
お味は・・・ふむふむ🙄
ううっ!!
なんだこれは😨
生臭い強烈な臭いが口いっぱいに広がってきたぞ。
息をしないように上澄み液をナンにちょっぴり付けて食べてみます。
ぐぇぇ~。
その一口が果てしなく長く続く試練。
一口食べたけど、もうダメかもしれない。
まだあるからネ。遠慮せずに、どんどん食ベナヨ~。
あなたは鬼か👹
そうこうしているうちにお皿に盛られたトロトロのお肉が出てきました。
脂がのったホホ肉のようでこれなら食べられそうです。
こっちなら、いけると思う!!
ぶにょぶにょっとした肉を一枚つまんで食べてみます。
お味は・・・ふむふむ🙄
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
さっきよりも強烈な一撃です⚡
モツのようなねちっこい感触に、ねっとりとまとわりついて離さない不快なクドさ!!
羊の脳ミソ、美味しいネ~🧠
( ゚д゚)ハッ!
この不味い肉の正体は・・・ゔぇぇぇ🤮
結局は、強烈な匂いと、刺激的な味に一口ずつしか食べられませんでした・・・
無念!!
この不快な食べ物をいかに作っているのかが気になったので、衝撃の「羊の頭スープ」の調理風景を見せてもらいました。
ちなみに苦手な方のために写真にはモザイクをかけています。
ドーン!!
うわ、ドクロや💀
これはRPGで闇の戦士がかぶってるやつだ・・・
しかもアゴが残ってる奴いるやん・・・
見てると取り憑かれて闇落ちしそうだ!!
大いに恐れおののいていると、隣では店主の息子なのか、恰幅のいい小学生がなにやら物凄い鍋を混ぜています。
真実を恐れぬ勇者はクリックするのじゃ。
ひぃぃぃ。
ホラーだ。これは夢に出てくる。
こっち見るな!!
メェ~メェェ~🐑🐑🐑
というわけで、羊の頭の脳みそ入りスープはとっても衝撃的でした。
ちなみに羊の脳って、プリオン系の病気(狂牛病のBSE)とかは大丈夫なんでしょうか。
見た目だけでなく、そっちもいと恐ろしや😓
救いの手が差し伸べられる
その後ガイドさんとお菓子屋に向かいます。
夕飯全然食べられなくて悪かったネー。
と言ってガイドさんが代わりにケーキをご馳走してくれました。
とても甘そうなケーキたち。
夕飯は一口でもこのデザートがあればお腹いっぱいになりそうです。
ありがたや~ m(_ _)m
ハージュー橋
本日のラストに、観光スポットとして有名なハージュー橋を訪れました。
ハージュー橋は、1666年に完成したザーヤンデ川にかかる長さ133mの石造りの橋です。
橋の北側にはライオンの像があります。
ぱっと見でライオンに見えないけど、じっくり見ると大きく口を開けていて上に目があるのがわかります。
向こう岸から見ると、ライオンの口がまるでスポットライトを照らしているように見えます。
これは口の中がつるつると丸く磨かれていて、周りの光を反射してそう見えるそうです。
ちなみにこの像にまたがるとすぐに結婚できるという言い伝えがあるそう。
地球の歩き方にはそう書いてありましたが、現地の人はその言い伝えを知らないみたいです(笑)
橋の下では歌っている人や、楽器を演奏している人、デート中のカップルなどがたくさんいて賑やかでした。
橋は2層構造になっており、上部のテラスでは夏に王様がしばしば宴を催したそうです。
下の階は水量を調節する水門の役割がありました。
現在は川の水がほとんどないため、街の人の憩いの場となっています。
川幅が狭いのか、橋自体はスィーオセ橋の半分ほどの長さです。
両方とも歩行者専用の橋なので安心して渡ることが出来ます。
夜は照明にライトアップされて、石に映る光の陰影がとても美しい!!
橋を外側から眺めると綺麗なアーチが並んで見えます。
アーチ部分の内側には真っ直ぐの空間が広がっています。
なんだかピラミッドや迷宮の中みたいですね。
柱の間からは外が見えます。
柵も何もないので落ちないように注意!!
橋の前の広場には、たんぽぽの綿毛を持った手のオブジェがありました。
風で今まさに飛んでいく綿毛がリアルです!
ホテル前で解散して時間を見るともう夜の10時です。
こんな時間までガイドさんが街を案内してくれました😊
[blogcard url=”https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g295423-d324078-Reviews-Khaju_Bridge-Isfahan_Isfahan_Province.html?m=19905″]
名称:ハージュー橋(Khaju Bridge)
場所:スィーオセ橋から2kmほど
Parsian Kowsar Hotel
本日泊まるホテルがこちらParsian Kowsar Hotel(パーサイアン・コーザー・ホテル)です。
とても大きなホテルで遠くからでも目立ちます。
インターナショナルなホテルで、設備やレストランが豪華でした。
今回はこちらのホテルに2泊します。
広くて落ち着いた感じの部屋です。
電気ポットと、紅茶があります。
バスルームは広くはないですが、清潔でした。
お風呂はバスタブ付きで、石鹸やシャンプー、タオル、歯ブラシ等のアメニティ類もあります。
トイレは温水の出る手動ウォシュレットw
ホテルは、ザーヤンデ川とスィーオセ橋をすぐ近くに見下ろせる、とても眺めの素晴らしいロケーションにあります。
まとめ
- 砂漠の商人はとってもお金持ち
- 心休まるフィン庭園には悲劇の歴史があった
- 核実験施設は案外普通に存在していた
- アブヤーネ村は不思議な異空間
- ライトアップされた石橋は幻想的
- 羊の脳みそスープはトラウマになる
次回予告
イラン観光レポート⑤
世界の半分と呼ばれた都市
イスファハン
お楽しみに!
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran-isfahan/
●イラン観光レポート 第1話
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran-tabriz/
●イランが抱える問題がわかる記事
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran/
●イランの治安・国内情勢と渡航時の感想(2020年1月更新)
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran_situation/
●イラン旅行の日程について
Coming Soon!
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran_schedule/
●イランのおすすめ観光地と世界遺産
Coming Soon!
https://he-lab.com/entry/travel-abroad-iran_sightseeing/